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1冊の雑誌から始まった松本康選手のスーパーモタード

The Man of MOTO1「MOTO1を創った男達」の第2回目はライダー松本康選手。
「とにかくかっこよかった。リヤタイヤが大きくスライドし、見たこともないようなライディングだったんです」それは兄のタケシが持ってきたスーパーモタードの雑誌だった。それはモトクロスに打ち込む松本選手に強いインパクトを残した。のめり込むようにその雑誌を読みこんだ、兄のタケシと一緒に。ここから松本康はスーパーモタードの魅力にとりつかれることになる。

松本康(マツモトヤスシ Yassy)、1979年生まれ、長野市在住。年の近い兄健(タケシ)のオフロードコース走る様を見て、康も4歳でモトクロスを始める。豊かな才能と努力もあり17歳でI-Aに昇格。その後スーパーモタードに出会い、今ではSuper Motard MOTO1 All Starsを代表するライダーである。ハスクバーナの第1ライダーであり、MOTO1で最も人気のあるライダーであり、日本のモタードスポーツを創ってきたライダーでもある。つまりMOTO1だけでなく、日本のモタードスポーツの顔でもある。
2006年 moto1 class(現在のmoto1 pro class) チャンピオン 
2010年 moto1 pro class チャンピオン

「最初アスファルトコースを走ったときはシッティングでのブレーキングができませんでした(笑)怖いんですよ、座ってブレーキングすると止まれる気がしなかったンです。モトクロスではスタンディングのままブレーキングするでしょ、あの感覚が抜けないんです。ターマックを走るのは面白いんだけど、その反面、怖くもあったな?。」 「でもタケシ(兄)が先に始めていたので、それが参考になった。タケシはセンスで乗るタイプ、自分は努力で乗るタイプ(苦笑)。なので参考にならない部分もあるんだけど、でもやはり兄に助けられましたネ。」
兄のタケシはこの頃からハスクバーナに乗っていた。05年は#2をつけるトップライダーであった。しかしその後兄タケシはレース活動をやめハスクバーナを降りる。そのシートは弟の康に渡ることになる。


▲松本選手はYassyと呼ばれることが多い。その走りは、一度観たものに強烈なインパクトを残す。深いバンク角を保った状態での正確でシャープなスライド、それは観せるための走りではなく速さを追求した結果のライディングだ。ハスクバーナの持つ高い旋回力とあいまって、見たこともないような走りを実現する。


"OVER ALL"での鮮烈なデビュー。

そして04年の12月の年末、『OVER ALL』というスーパーモタードレースに初参戦し、鮮烈なデビューを果たす。

「だれだ?あの迫力のあるライディングは。」と会場の話題となっていた。

その数週間前、次の年の05年春から始まろうとしていた全日本シリーズMOTO1の前哨戦が行われており、速いライダーはこの前哨戦に参戦しライダーの顔はほぼ知られていた。しかし松本はそこには出ていなかったからだ。

スライドは大きく、乱暴とも言えるが若さあふれるライディングは注目を集めないわけにはいかない走りだっだ。会場にそして関係者に強烈な印象を残した。

その走りはやはり本物だった。2006年の最終戦あの劇的な逆転劇を演じ、並み居るチャンピオン候補をたたきつぶしmoto1 class(今の 450cc moto1 pro class ) のチャンピオンを手にする。

その後ハスクバーナチームに移籍。ハスクバーナの第1ライダーのシートを得、ハスクバーナの日本に置けるブランド価値を高め定着させた。



moto1proR6

▲空中戦のYassyと佐合選手。これは09年のFukushima Round。

 


「Yassyは伝説が多いんですよ、だからファンはたまらない」


「(Honda)XR250モタードの広告撮影の際、撮影ライダーとして来られたのがYassyさんでした(松本選手は今ではYassyと愛称でよばれることが多い)。当時はHondaに乗っていた頃で、そのためにXR250モタードの撮影をお願いしました。まだチャンピオンは獲っていなかった頃ですが既にトップライダーのひとりで、どんな方なのかなと構えていました。が、実際お会いするとまったく違い、実に優しく細かいところまで気のきく方でびっくりしたのを覚えています。『何度でもやり直しますから、何でも言ってください!』と言う、そんな方でした。今ではハスクバーナに移ってしまいましたが、今もワタシはファンですよ」と、語ってくれたのはHonda関係の女性。

「やっぱりあのシャープなスライドと、何があっても勝つ、前に出るという気迫ある走りが魅力でしょう。07年のFukushima Roundでのあのトップ争い。最近では昨年のSugo Roundでの最終ラップでの逆転勝利。まだありますね、06年のMotegi Roundで、スタート直前にマシンの異常が発覚しピットスタートとなってしまうんですが、そこからのごぼう抜きがすごかった。20人くらいは抜いたんじゃないかな。結局勝てなかったけど、あれは強烈なインパクトだった。これはすごいライダーになる、とあの時思いました。」語ればきりがないと答えてくれたのはカメラマン&ライターのK氏。

「プロになりたい。どうすればいいのか。そういうことを昔からいつも言っていました。MOTO1のこれからについて、初秋の軽井沢の駅で朝まで語ったこともある。本当に寒かったけど(笑)、松本選手にはMOTO1そのものに対しても熱い思いがあるのを知った」と教えてくれたのは若い頃の松本選手を知るひとりであるK氏。

 

 

moto1proR6

全国のどのサーキットでも地元のライダーとして応援される。


多くのイベントやスクールにも積極的に参加し、モタードスポーツそのものの普及活動に積極的なのも松本選手の特徴だ。

全国で行われるTRY MOTARD、Yassy Cup、Ina Smile WE DO!、Try Track Ride、安全楽習ばいく塾、ファンライドスクール、オールデイスーパーモタード舞洲、山梨バイクフェスティバル、空港自動車学校バイクフェスティバル、Real1、そしてモタードだけではなくTRY ENDUROというスクールでも講師を務め、モトウェストオフロードイベントなどジャンルを超えて数多くのイベントに参加している。全国のサーキットでお客様に接しているためか、どのサーキットに行っても松本選手はその地元ライダーとして応援される。

昨年まではTeam SOULFULという松本選手のサポータークラブも存在した。今年は松本選手の諸事情からそのチーム活動は休んでいるが、復活を希望する。

※実はこのような活動は松本選手に限ったわけではなく、MOTO1のライダーはモタードの普及に努力するという文化がある。


 



▲Husqvarna SM450RR スーパーモタードレースのために生まれたマシンがこのRRだ。松本選手はハスクバーナの第1ライダーであり、このRRに乗る。RRにはレース専用のシャーシに専用の脚周りが用意されている。ハスクバーナの準ワークスマシンと言っていい。このマシンの特徴は、最初からスーパーモタードレース用マシンとして完成されていることと、圧倒的な旋回力だ。この2次旋回力は麻薬にも等しい。購入は可能。ただし、公道走行はできない。




▲写真右下)ハスクバーナ ジャパンが主催するTRY MOTARDでライディング講師をする松本選手。このTRY MOTARDは一般のライダー向けライディングスクール。レーサー養成のためのものではない。 ▲写真左下)MOTO1 Rd.7 Kumamotoで「ヤッシー!」「ヤッシー」とファンの子ども達にかこまれるYassyこと松本選手。ファンやサポーターからはYassy(ヤッシー)の名で呼ばれる。トップライダーでありながらもその親しみのある性格から子どもたちのファンも多い。



MOTO1には新しい可能性があると思います。


? 気がついたら僕も今年で32になったんですよねー。笑
モトクロスからモタードに転向したのが24のときで、あの頃は細かいことは何も考えないでただがむしゃらにやってきた気がします。

僕がまだ子どもの頃って、モトクロスにはプロライダーが沢山いらっしゃって、でその中には沢山稼いでいた方もいっぱいいらっしゃいました。それで、ウチの親父がちょっとかわっていて(笑)、アニキと僕に「おまえらはモトクロスでプロになれ、それだったらベンキョーなんかしなくていい。」・・・いったいどんなオヤだよって感じですよね(笑)。
そんな変わった両親のもとでバイク漬けの人生を歩んできたんですけど、やはり小さい頃に言われた『プロになる』というのが、いつの間にか自分の夢になっていた。てかむしろそれ以外の人生は無いくらいになっていました。それが今ですね。

モタードに出会えて本当によかったと思っています。モトクロスも楽しかったし面白かったんですが、最初に出たOver Allのレースが本当に楽しかった。タイヤはオフタイヤのままで走りました。モタードコースでオフマシンをコントロールする感じ、う?んうまく言えないけど、その感覚にはまったんですよ。とにかく面白かった。

モタードスポーツには可能性があります。MULTIPLEXのように東京の大都会のドマン中のお台場という街の中でも開催できるとか、今までのモーターサイクルスポーツには無い可能性です。街の中で行うことで、サーキットに行ったことが無い方々にも見てもらえるわけですからね。僕らだってやる気がでますし。
モタードスポーツ、僕にとってはそれはMOTO1ですが、そこで走るというのが自分の職だと思っています。本当にこのMOTO1で、ライダーとして、そして人として、社会人としても成長させていただきました。なので少しでもそのMOTO1のためになることをしたいと思っています。今後ここで活躍するライダーのためにも。僕ができること、僕にしかできないことをしたいと思っています。それが未来につながると思うんです。
MOTO1を創ってきた男達という特集に選んでいただいたのは光栄です。本当は僕だけじゃなく多くのライダーの皆さんが一緒になってこの道を創ってきたんだと思っています。

MOTO1には新しい可能性があります。モーターサイクルスポーツとして敷居が低く始めやすいとか、観てもわかりやすいとか、狭い場所で開催できるとか、そういう可能性です。そのMOTO1でがんばると、サクセスがあるようにしたいですね。サクセスというのは金銭的なこと以外も含みます。そういうサクセスストーリーが生まれることを期待します。
え、僕ですか?まだまだサクセスじゃないですよ(笑)。まだまだゴールになんかたどり着いてない。もっともっとやりますよ!なので応援よろしくお願いします!

今年は多くのライダーがトップクラスのmoto1 pro classに昇格します。本当にがんばって欲しいです。自分の目標に向けてがんばったことは、必ず自分に返ってきます、いつかちゃんと。pro classはひときわきびしいクラスですからね。当然僕もがんばりますよ、はい(笑)。