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Over All、MULTIPLEX、Hill Atack、GAMES tokyo、これらのレースはその時代においてどれもセンセーショナルなものばかりだ。このすべてを企画開催したのが今日の吉澤博幸氏だ。なかでもOver Allは今でも続いており、この2011年の新春もあらゆるジャンルのレーサーが集まりNo.1を目指して戦った。モトクロス、トライアル、エンデューロにスーパーモタード、そしてロードレースにダートトラック、そこにはプロも一般ライダーも区別なく同じフィールドで戦う。そのコンセプトもだが、このようなオープンなレースは日本において非常にめずらしい存在だ。

常にその時代の匂いを嗅ぎ分け、次の時代への新しい提案を行ってきたのが吉澤氏だ。


レース企画者、吉澤博幸



「できれば人(ライダー)が戦うレースがしたいなぁというのがあるんですよ。人に注目がいくような、そんなレースがしたい。」と語る吉澤氏。

「レースって気がつくとマシンに注目が行くことが多いですよね。雑誌であればそれは広告につながるわけだから、そういう記事が多いのだろうと思うのですが、『マシンがすべて』的な考えがあまり好きじゃない(苦笑)。コースもね、何度も走って練習して攻略する、というより、レースの当日まで誰も走ったこともなく走る直前に発表される。そんなのが理想なんです。目の前に突然あらわれたコースを各ライダーが自分の持てるライディング能力で攻めていく。そういう戦い様が観たいんですよ。」


▲写真はすべて2005年のMOTO1スタート時のもの。吉澤氏は今MOTO1のRd.3Nagano/Ina、Rd8Motegiを主催する。立ちあげから関わり、モタードスポーツの日本を代表するものとして、モタード文化全体を引っ張って来た。



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▲▲「MULTI PLERX」TOKYOという巨大都市のなかで行ったモータースポーツイベント。このなかのコンテンツのひとつとしてMOTO1があった。当時はまだスーパーモタードそのものは日本ではあまり知られていなかったが、このMULTIPLEXがPRの役割も果たした。FMXの認知が広がったのもこのイベントだった。 ▲「GAMES Tokyo」MULTIPLEXをより進化させ、夜をメインにして観せることに重点を置いたイベント。場所はこちらもTOKYO お台場。Team Troy Lee Design のJEFF WORDなども走った。

 


ヒットメーカー吉澤博幸


MOTO1とは直接関係はないが、吉澤氏にはもう一つの側面がある。あのTWer(ティーダバー)や原宿バイクと呼ばれ大流行したバイクを創り出したのがこの吉澤氏である。これは当時の人気ドラマの主人公も乗るなど、若者文化の象徴ともなった。当時のバイク業界には「速いバイクが良いバイク」という概念があったが、それを無視することから生まれたバイクだった。吉澤氏は常にオリジナルな考えにあふれている。

世の中に存在する常識という思い込みを信じないのかもしれない。言い換えるなら、メディアなどから情報を得るのではなく、常に自分の目で耳で鼻で感じたことを大切にし、そこで感じた自分の感覚をベースに考えているように思える。だから、いち早く新しいメッセージがうまれ、またそれが人のココロを動かすことが出来るのではないか。

 

 

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▲「OVER ALL」ターマック(アスファルト)セクション、ダートセクションにジャンプセクション、ロックや丸太などの人工エクストリームセクションと、あらゆる路面状況が用意され、そのなかでプロもアマも区別なく戦う。勝つために参加する者がいて、イベントレースとして楽しむ者がいる、という自由な空気がここにある。マシンもバラバラ。モタードにモトクロスそしてダートトラックマシンもあり、クラッシックマシンまでも参加する。まさにOver All。2011年の勝者は、MOTO1ライダーの#4JAWS増田+YZ450F(F17インチ×R19インチMXタイヤ)。/写真右下


究極のおせっかい吉澤博幸


「東京お台場という都会のど真ん中でレースをやろう。展示されるだけで動かない走らないモーターショーじゃなく、本来のパフォーマンスを見せるモーターショーをやろう。それがお客様の求めているモノでありコトじゃないか。」

これがあのMULTIPLEX(マルチプレクス)の生まれたきっかけだ。今ではお台場でのF1のデモランなど当たり前となったが、そのきっかけはこのMULTIPLEXだ。しかし当時は誰もが無理だと言った。そもそもその内容も具体的にイメージできなかったそうだ。このマルチプレックスでもスーパーモタードレースMOTO1は開催されている。ここで知ってモタードバイクを買った、このレースに出たいと思ってモタードスポーツを始めた、という人が多く生まれた。

「とくかくお客様に見せたい!『バイクという文化にはこんなに魅力があるんだ』と。そんなことばかり考えているんだけど、おせっかいですよね。お客様もそんな事は言ってないのに、『見せたらきっとよろこんでもらえる!』と思いこんじゃうんですよ。ほんとに自分はおせっかいです。(苦笑)」

しかしこのイベントが提案したことは非常に大きく、日本では不可能と思い込まれていた巨大都市のなかでのモータースポーツイベントの実現を実証した。モータースポーツがサーキットに縛られていたその考えを解放させた。




▲スカチューン、ティーダブ、ティーダバー(ティーダブを使うひと、愛するひと)、この言葉はみな吉澤氏のバイクSHOP『モトショップ五郎』が造ったバイクと、メディアの力で生まれた。誰にでも乗れて、ライディングの上手い下手を問われず、また日常のファッションに似合う、実にストリートそのもののバイク。これがきっかけとなって各メーカーがこのような商品を出していった。
▲アジア各国のフェデレーション代表の方々と。中央右はFIMアジア会長/FIM副会長のマッキー氏。吉澤氏はその左。



「スーパーモタードは、答えのひとつに近かったのかもしれない」


なぜスーパーモタードに注目したのですか?

?吉澤(以下Y)ロードとかモトクロスとかそれぞれのジャンルを超えて戦う点。
その結果ライダーに注目が行く点。大きく言うならこの2点でしょうか。
後で気づいたことですが、街中でも行えることで今までモーターサイクルスポーツに興味の無かった方々にも観ていただける点も大きな魅力ですかね。マルチプレックスでもスーパーモタードレースを行っています。MOTO1のSpecial Roundとして。モタードだからあそこでもできる。都会はロードレースには狭いしモトクロスをやるには費用がかかる、ダートを会場に入れなきゃいけないから。それだけの費用をかけてしまったらあんなに余裕のある内容にもできないし、入場料も高くなる。結局敷居の高いものになってしまうんですよ。

MOTO1をそれまでのイベント型ではなくシリーズ戦にしたのはなぜですか?

?Y)たしかにそれまではHill AtackやOver Allなどイベント型のレースを企画主催していました。そのなかで徐々に『このスーパーモタードは素材としていい。自分の考える"メッセージ"を発信するには非常にいいコンテンツかもしれない』と感じ始めていたんです。
『イベント的なレースではなく、日本のスーパーモタードスポーツの頂点に位置させ、そこからこのスポーツを普及するのがいいんじゃないか』と考えたんですね。だからMFJさんのもとに入ることにしたし、当然メディアの方々からもご協力いただきました。 ライダーのみんなにも協力してもらったのも大きかった。目標を大きくすることで目標が夢になり、多くの方々の共感をいただきここまで来たのかもしれません。
『吉澤はお節介好き』と周囲から言われるんだけど、勝手に普及のことまで考えていたんです。
同時にシリーズ戦にし大きくすることで、ジャンルを超えていろんなライダー達が参加してもらえ、そこで一流のライディング能力を出し合って戦う真剣バトルロワイヤルが生まれる。個人的にそういうレースが観たいというのもありましたし。(笑)

『メッセージ』とはさっきの『マシンではなくひと』のお話ですか?

一Y)そうです。マシンが勝つんじゃなく、人が勝つ。人が注目されるようなレースがしたいんですよ。コースにダートやジャンプやターマック高速コーナーやいろんな路面状況があるというのはマシンだけではどうにもならない。人の能力のしめる割合が大きくなります。そういう意味でスーパーモタードはいいなと感じていました。MOTO1の前にOver Allというレースをやっていました。これはスーパーモタードをベースに新しいアイディアを加えたレースなんですが、考えのベースはその『マシンではなくひと』でした。参加者もだけど、メディアやメーカーの方からもこの趣旨をご理解いただいていたので、スーパーモタードそのものもきっと行ける!という実感も得た。

でも一般的には『マシンがいいから勝った』とならないとメーカーやパーツを製造しているところが参加しなくなるのではないですか。

?Y)たしかにそうですね(苦笑)。でもね、日本のメーカーさんやバイク関係者のみなさんはそんなことは言わなかった。みんなバイクが好きなんですね。『そうだよ、そう!』と、むしろ共感していただいた(笑。

吉澤氏は改革的な提案をすることが多い。その結果メーカーが困るような場合も出てくる。が、不思議なことに、メーカーの方々も結果的には吉澤氏の個人的な友人となり協力する。ライダーも同様だ。今もライダーからの信頼は厚い。

「バイクがどうの、性能がどうの、というモノ主義が一般的になっていますが、結局はその性能をひとが使いこなせなければ意味が無い。」

「バイク屋をメインにやっていた頃、バイクの価値って『上手いか下手か(速いか遅いか)』、『性能がいいかそうでもないか』、というXY軸の平面的考えのように感じてた。ほんとはお客さんは『かっこいいかどうか』というもうひとつの軸も持っているんじゃないか、と感じてた。自分が客ならそういうバイクが欲しいと思った。それがヤマハTWをベースにしたTWerであり原宿バイクでした。実際にお客様の声を形にすることで生まれたバイクでした。」
「バイクを売るんじゃなく、バイクから生まれるライフスタイルを提供したいと考えた。ハードを売るバイク屋から、バイクにまつわるソフト全般を売るバイク屋になろうと考えてた。」

とにかくいろんな言葉があふれてくる。そのひとつひとつは過去の話なのだが、そこに含まれるメッセージは今も新鮮だ。

「吉澤さんは、寂しがり屋なのかもね。だから僕らライダーを含め仲間を大事にしてくれて、あ、そうすごく下の人にまでやさしいよね、そうやって仲間をあつめてその輪の中でバイク遊びを始めちゃうんだよね。MOTO1はモーターサイクルスポーツなんだけど、吉澤さん的には『バイク遊び』というニュアンスに近いんじゃないかな。だから魅力があるんだと思う、MOTO1も吉澤さんもね」
と語ってくれたのは、Mr.MOTO1、JAWS増田選手だ。増田選手はヤマハの4strokeモトクロッサー YZ-Fシリーズの開発ライダーでもあり、このMOTO1をライダー側から創ってきたライダーのひとりでもある。吉澤氏とのつきあいも長い。


「世の中のみなさんと、きちんとつながりたい」


?今という時代に合った形態のモータースポーツになるといいなと思っています。
マシン開発としてのレースというのはもう終わったように感じています。マシンの高性能化は、一般の僕らが必要とするレベル以上にまで進んでいます。では、MOTO1というレースは、何を世の中のみなさんに提供できるのでしょうか。

第1に、スポーツのひとつとしてのモタードスポーツ、そのモタードスポーツの象徴やイメージリーダーとしてのMOTO1という役割。
モタードスポーツをやる方々のための憧れとしての存在です。

第2は、世の中のみなさんにモーターサイクルスポーツの魅力や素晴らしさを知ってもらうための存在。

MOTO1はバイクファンだけのものではなく、世の中のより多くのみなさんときちんとつながって、そのみなさんに満足していただけるコトを提供できたらと思っています。


▲GAMES tokyoに参戦したTeam Try Lee DesignのJEFF WORD(中央)ら3人。